エイトピークス・パートナーズ・グループは、東京を拠点とする投資・コンサルティング会社です。国内外からの投資、そして海外からの投資という双方向の事業展開をクライアントに提供しています。また、一部のクライアントとそのプロジェクトへの共同投資も行っています。
エイトピークスパートナーズのロゴマークは、日本の京都にある龍安寺の蹲踞(つくばい)に由来しています。
龍安寺(りょうあんじ、しんじたい:竜安寺、きゅうじたい:龍安寺)は、京都市北西部に位置する禅寺です。臨済宗妙心寺派に属しています。寺の庭園は、日本における枯山水(日本の石庭、禅庭園)の最も優れた例の一つとされています。
龍安寺には、17世紀に建てられた茶室と茶庭があります。茶室の近くには、儀式の清めのために水が絶えず流れ出ている有名な石の手水鉢があります。これは龍安寺蹲踞(つくばい)と呼ばれ、文字通り「かがむ」という意味です。手水鉢が低いため、使う人はかがんで使う必要があり、これは敬意と謙遜の表れです。石の表面に書かれた漢字は、単独で読んでも意味がありません。中央の鉢が表す「口」と組み合わせて読むと、「吾」、「唯」、「足」、「知」となります。これは「われ、ただたる(を)知る」と読み、文字通り翻訳すると「私はただ十分を知っている」(吾=われ=私、唯=ただ=ただ、ただ、足=たる=十分である、十分である、価値がある、値する、知=知る=知っている)となります。
蹲踞の頂部に刻まれた言葉の意味は、「持つものこそが全てである」というシンプルなもので、仏教の基本的な反物質主義の教えを強調するものです。柄杓がないのは、水は魂のためだけのものであり、その恵みを受けるためには謙虚に膝をかがめる必要があることを暗示しています。
龍安寺のウェブサイトより
中央の水口を「口」の字に見立て、周りの四文字と共用し「吾唯足知」【ワレタダタルコトヲシル】と読む
これは、釈迦が説いた「知足のものは、貧しといえども富めり、不知足のものは、富めりといえども貧し」
という「知足」の心を図案化した佛教の真髄であり、また茶道の精神にも通じる。 また、徳川光圀の寄進とされる。
中央の水口を「口」という文字に見立て、周囲の4つの文字と共有しています。
これは釈迦が説いた「智慧ある者は貧しくとも富み、無足なる者は富みとも貧しき」という言葉に通じるものがあります。まさに「知」の精神を意匠化した仏教の真髄であり、茶道の精神にも通じるものです。
蹲踞(つくばい)とは、日本の仏教寺院に備え付けられる小さな水盤で、参拝者が手を洗い、口をすすぐ(清めの儀式)ことで身を清めるためのものです。茶道の客にとっても、この種の清めの儀式は慣習となっています。つくばいは通常石でできており、上部にはすぐに使えるように小さな杓子が置かれていることが多いです。水は掛筵と呼ばれる竹筒を通して供給されます。
この彫刻は『道徳経』第 33 章と関係があるのでしょうか?
第33章
他人を理解する人は賢い
自分自身を理解する人は悟りを開いている
他者を克服する者は強さを持つ
自らを克服する者は力強い
満足を知る者は豊かである
精力的に前進する者は意志の力を持つ
基盤を失わない者は耐える
死んでも滅びない者は長生きする。